心外無法−少林寺拳法ウェブサイト−

ウェブサイト閉鎖のお知らせ

エピローグにかえて

 思えば1996年より本日までの約12年の間、細々と積み上げてきた「心外無法−少林寺拳法ウェブサイト−」ですが、本日2008年(平成20年)6月1日をもって閉鎖致します。

 本サイトは、プロローグにも記したとおり、「少林寺拳法の本旨とする「人づくり、国づくり」のための一助となることを目的とし」「少林寺拳法の原点である開祖宗道臣そうどうしんに主眼を置いて、開祖法話を」整理再編してきました。なぜなら、開祖亡き今、「残された私達がなすべきことは、金剛禅門信徒として、開祖の遺教を書き留め、整理し、訓えを実践し、人々に布教していくことです。その責務を担っているのは、残された私達門信徒ひとりひとりなのだと」考えたからです。

 この十数年の間に、このサイトは多くの方々に影響を与えてきたと感じています。それは私に直接メールなどでご連絡を下さった方々だけではなく、私の知らないところで、私とは直接面識のない方々に与えた影響の方が遙かに大きかったと感じております。落ち込んだ時、気が滅入った時、行き詰まった時、死ぬほどつらい時、ふと開祖法話を読まれることで、時に自分の糧としたり、明日からの励みになったり、自分の生きる価値を見出すことができたり、心を強く持てたりと、開祖法話を通して、今は亡き開祖が、時に優しく、時に厳しく、時に力強く、自分達に語りかけて来て下さったからだと信じているからです。

 ウェブサイトに掲載していた開祖法話、つまり著作物は、引用ではなく転載ですし、写真等も正式に許諾を得て使用していたものではありません。もちろん、そうしたことは熟知した上でのサイト運営でしたし、まして障害者である私が、いつまでこのサイトを更新し続けることができるのか、跡は誰に託すのか、あるいは、どういう形にせよ、いつかは本部の方と何らかの話をしなければならない時が来ると思っておりました。

 既知の方々も多いかと拝察致しますが、現在、本部では知的財産権の整備が進んでおり、そうした経緯の中で、本日、本山にて関係者の方々とお話をする機会を得ました。話の中で、拙者ウェブサイトについて、思いの外、非常に高評して下さいました。しかし、こと知的財産権に関してはクリアしなければならない問題だということには変わりありません。

 今日の打合せに臨むにあたって、私が大切にしたかったことは「開祖法話は金剛禅運動を志す皆のものである」ということでした。開祖が技の出し惜しみをされなかったように、開祖は医者に止められてでも帰山する皆に語りかけ続けました。開祖亡き今、残された私達一人一人に、開祖の言葉を正しく伝える義務があるはずです。

 本日、本山でお互いお話しする中で、失礼を承知で言いたいことを言い、思いをぶつけてきました。話の中で、先生方や職員の皆様の志も同じだと感じることができました。一時的なのか永久になのかは分かりませんが、このサイトは閉鎖することにします。しかし、今度は一個人のサイトではなく、本部としてのウェブサイトに生まれ変わると思います。やはり、本山が主体となって開祖法話を整理し、公開していくのが本旨だと考えるからです。どこまでできるか分かりませんが、一個人として、惜しまず協力できればと考えております。

 最後になりましたが、これまで陰に日向にご支援、ご愛読下さった多くの法縁有志の方々に、心より謝意をお伝えします。永らくの間、本当にありがとうございました。本日をもってすべてのコンテンツを削除しますが、ご連絡を下さる方のために、ご連絡先だけ残しておきます。なお、ご連絡先からうまく送信できない場合は、<nori@shorinji.com>にご連絡下さってもかまいません。

 皆様の心の中に、開祖の一言一言が強く残っておりますよう祈ります。合掌

プロローグに記したこと

 最後に、私がプロローグに記したことを原文のまま附記しておきます。

ウェブサイト運営の方針

 当ウェブサイトは、少林寺拳法の本旨とする「人づくり、国づくり」のための一助となることを目的としてます。そのため、少林寺拳法の原点である開祖宗道臣そうどうしんに主眼を置いて、開祖法話を中心に随時更新しています。また少林寺拳法関連の出版物やメディアを紹介したりしています。金剛禅運動に邁進される法縁有志の方々の一助となれば幸いです。

 念のため附記しておきますが、当サイトでは技術論は展開致しません技術談義や奥義を期待してこのサイトに来られても、何らご期待に添えるコンテンツはありません。技術用語でこのサイト内を全文検索したとしても、求めている内容はヒットしないでしょう。

 開祖の遺された『教範』にもあるように、技術は「絵にも文章にもならない」のであり、「良師に師事して会得」することが大切なのです。少林寺拳法は「良師について問法修学し、実地修養すること」、すなわち、「師について面授面受で教えを受け、師に対して葛藤し、師を越えていくこと」こそが、拳の三訓「守、破、離」そのものであり、「師事する」ということの基本であると考えるからです。拳の三訓「守、破、離」でいう「破」は、決して「破る」という字義で使われているのではありませんし、「離」は決して「離れる」という字義ではないことは、「良師に師事して正しく金剛禅を学ばれている方」ならご存じなはずです。

ウェブサイト公開・運営の経緯

はじめの頃

 確か1996年頃でしょうか、私が稚拙なウェブサイトを開設したのは。

 当時の私はパソコン通信をかじる程度でした。会員数が数十万人に達したとはいえ、情報量の多さに感心していたとはいえ、まだまだ閉鎖性を感じていました。そんな頃、インターネットに出会いました。インターネットというのはパソコン通信より面白く、誰でも参加できるという点で、明らかにパソコン通信よりも開放的な感じがしました。急速に広がるインターネットを予感したのも、丁度この頃だったと思います。

ウェブサイト制作、そして疑問

 そのうち、自分でも簡単にウェブサイトが開設できることを知り、作り始めたのがこのウェブサイトの原形でした。当時は少林寺拳法関連の内容こそあったものの、単車やコンピュータなど、あれもこれもとつくるようになっていました。気がつけば、何の統一性もない自己満足のサイトになっていました。巷によくある「こんなの作ってみました」的な個人のウェブサイトです。つまり、一体何が言いたいのか、誰に何を伝えたいのかが不明確になっていました。欲張りすぎた、否、独善的すぎたことに猛烈な自責の念に駆られました。これでは単なる自己満足の何物でもありません。ウェブサイトを訪れる方は、必ず何らかの目的や意図があるはずです。「半ばは他人ひとの」云々と常々言い続けていた自分が、実は他者のことを何も考えずに制作したため、自分は誰に対して何を伝えたいのか、言いたいこと、伝えたいことがまったく不明瞭でした。

 「俺は一体何を言いたいのだろう?」──このことに気付いて以来、自問自答の日々が続きました。

一念発起

 「これではいけない。」──そしてたどり着いた答えが現在の内容です。「答え」というより自分の「主張」でしょうか。趣味もいい。遊びもいい。でも、いつも心と行動の中心に置きたい気持ちは何なのか、自分の主義主張の中心、もっと言うなら、自分の生き方の根元は何なのか、そう考えた時、金剛禅中心のウェブサイトに改装しようと決心しました。

 開祖亡き今、直弟子の方々も次々と他界していく今、残された私達門弟がなすべきことは何でしょうか。釈迦牟尼入滅後、弟子達は釈尊の訓えを膨大な経典として書き留めました。仏教に限らず、キリスト教徒は聖書を、イスラム教徒はコーランを書き留めていきました。そうして伝えられてきた教義が、二千年の時を経た今でも、それぞれの宗教の根元となっています。

 残された私達がなすべきことは、金剛禅門信徒として、開祖の遺教を書き留め、整理し、訓えを実践し、人々に布教していくことです。その責務を担っているのは、残された私達門信徒ひとりひとりなのだと思います。微力ではありますが、私はこのサイトで、開祖が語った言葉をできる限り忠実に再整理していきます。そして、ひとりでも多くの人々が、訓えに共感し、賛同し、力を出し合って下されば、この上ない喜びです。

 「少林寺拳法」の名でサイト運営をさせていただく以上、金剛禅運動の本旨である「人づくり、国づくり」、「宗門の行」であることをあくまでも本旨とし、責任あるサイト運営をしてゆく所存ですので、応援よろしくお願い致します。

謝辞

 最後になりましたが、当サイトの制作にあたり、「出版物」にて掲載している文献を始め、様々な少林寺拳法関連の文献を参考にさせていただきました。特に「あらはん」は、開祖法話を整理掲載するにあたり、非常に有益なものでした。これまで編集に携わられてこられた方々のご尽力に謝念を表します。

 また、指導者の方々から初心の方々まで、様々なお立場の方々からたくさんのメールをいただいたり、直接お話した際に様々なお言葉をいただきました。そのほとんどは、当サイトに対する評価や賞賛を下さったり、ご教示を下さったり、ご感想を寄せていただいたり、誤りをご指摘して下さったり、あるいは私の身体を気遣って下さったりと、その多くは同門の志としての心温まる内容であり、その度に励まされながら現在に至っています。

 ここでそのすべてをご紹介することはできませんが、この場をお借りして、直接に間接に応援してくださっているすべての方々に感謝の意を表します。

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